相馬騒動 暗黒世界
1893(明治26)年/金松堂 発行
3,800円 A5判(148×210ミリ)/354頁
明治期のお家騒動としてジャーナリズムを賑わせた相馬事件。旧藩主の相馬誠胤が精神病者として自宅座敷牢に監禁されたことに端を発す。
旧藩士の錦織剛清が、家督相続を狙った異母弟らによる不法監禁として告発したことから表面化した。誠胤は東京府癲狂院に入院したが錦織によって身柄奪取、その後病死すると錦織はこれを毒殺として関係者を告訴。
後藤新平は錦織を匿ったとして入獄させられる。診察した精神科医ベルツは誠胤の精神病を否定。相馬家の家令・志賀直道は志賀直哉の祖父。
明治16~28年まで法廷で争われた。本書は、錦織支持の立場から事件の顛末を記した上下本の合冊版。定価30銭。
後藤新平政論集
1914~26(大正3~15)年/抜刷
4,000円 A5判(148×210ミリ)/8冊全220頁
台湾総督府民政長官・満鉄総裁を歴任した後藤新平の、大正期の政論8冊の抜刷を合本する。
この時期は内相・外相・東京市長となり、関東大震災に際会して帝都復興院総裁として都市計画に従事する。一方で普通選挙施行を前にして政論をあまた発している。
収録は「立憲同志會諸君ニ質ス 立憲同志會退會始末大要」「帝國國防に關する私見」「政治の倫理化を提唱して 全國の青年諸君に告ぐ」「國難來」「清浦首相ニ呈スルノ書(草案)」「時局に關し訪者の質疑に答ふ」「普選に備へよ」「普選に直面して政治の倫理化を提唱す」の8編。
大正11年(1922)に子爵を受勲している。
府縣制正解・郡制正解
1890(明治23)年/東京博文舘 発行
2,000円 四六判(128×188ミリ)/104頁
明治23年(1890)に施行された府県制(府県制、法律第35号)を定めた「府県制正解」の公布全文。
第1章 総則・第2章 府県会・第3章 府県参事会吏員及委員・第4章 府県ノ会計・第5章 監督・第6章 附則の全98条。
併せて同日公布された「郡制正解」全文(全91条、法律第36号)を収録する。これらの交付によって、明治元年以来混迷を繰り返してきた近代国家日本の地方自治制度がようやく安定を見るようになった。
時の総理大臣は山縣有朋。明治天皇の御名御璽が冒頭に掲げられている。「日本之法律」号外。逓信省認可刊行物。表紙には「内務大臣伯爵西郷従道公」の肖像画。定価10銭。
文久物語(寺田屋騒動事績)
1901(明治34)年/國光社 発行
3.500円 A5判(148×210ミリ)/182頁
文久2年(1862)4月24日(旧暦)、薩摩藩による寺田屋事件の顛末を記す。薩摩藩尊攘派の有馬新七ら30数名は攘夷討幕の挙兵を企て、伏見の船宿・寺田屋に集結。
これに自重を求める藩主の父・島津久光に命じられた鎮使・奈良原繁ら8名との間で藩士相撃の斬り合いとなった。討幕派に斬死または刑死が多く、これ以降、尊攘運動は藩主導の公武合体論が抬頭する。
幕末最大の悲劇の一つといわれる。本書は殉難士・鎮撫使の双方ばかりでなく田中河内介ら薩摩藩以外の人びとの動向も紹介し、巻末付録に維新後の殉難祭における諸人士の追悼詩歌を付す。
定価28銭。
後樂園史
1629(昭和4)年/刀江書院 発行
2,500円 A5判(148×210ミリ)/76頁
東京都文京区小石川にある後楽園は、御三家である水戸家初代・徳川頼房(家康の十一男)が寛永六年(1629)に小石川に得た上屋敷にもうけられた築山水泉回遊式の大名庭園。
名園の名をほしいままにした。大正12年(1923)に名勝地に指定されたが、直後に関東大震災に遭遇して重大な被害を蒙った。のち修復されたが、被災直前に脱稿し、震災後の復旧中に刊行されたのが本書。
したがって本書には、復旧によっても再現しなかった江戸期同園の庭園建築や林泉などの細部が園史とともに書き留められている。
図版3枚・写真5頁、年表などの付録を収録する。定価80銭。
爆裂談
発行年記載なし/平民社 発行
4,500円 四六判(128×188ミリ)/40頁
明治22年(1989)10月18日に起きた來島恒記(喜)による外務大臣・大隈重信襲撃事件。
本書は、このとき爆弾を投げつけ暗殺未遂に終わった來島の詳伝と、遭難して右脚を失った大隈の伝記として、平民社が直後に発行した「新社會燈號外」。
來島は元玄洋社社員で勝海舟・山岡鉄舟・金玉均・頭山満らと交わり、爆弾投擲後に自決する。大隈は外務大臣として条約改正をめざすが、その一環としての外国人司法官任用問題が批判を浴び、事件後に外相を辞めて枢密顧問官となった。
大隈は襲撃者の來島を非難しようとはしなかった。表紙に來島常記の肖像画を掲げる。
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